大阪四季劇場で再演しているミュージカル「ウィキッド(Wicked)」を観てきました。
スティーヴン・シュワルツ作曲による素晴らしい名曲、グレゴリー・マグワイヤの原作をもとにしたウィニー・フォルツマンによる脚本、壮大なセットの数々、そしてレベルの高い劇団四季のキャストによる演技と歌。
最も再現を望まれた作品というのも頷けるし、何度もリピートしている人の気持ちが十分にわかる、素晴らしいミュージカルでした。
2025年3月7日には、このミュージカルをベースにした映画「ウィキッド -ふたりの魔女-」も公開されます。
この作品は皆さんもご存知の「オズの魔法使い」の前日譚として再構築しており、西の悪い魔女「エルファバ」と、南の良い魔女「グリンダ」の知られざる出会いと友情が描かれています。
ミュージカルをより楽しむには原作を読むことは当然のこと、ベースとなっているオズの魔法使いを知っていればもっと楽しむことができます。
今回は、「ウィキッド」と「オズの魔法使い」とのリンクについて詳しく解説していきます。
この記事のもくじ
『オズの魔法使い』
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ライマン・フランク・ボームが1900年に出版した児童書で、「アメリカで最も知られた児童書」と呼ばれ、現代でも世界中で愛されている作品の一つです。
大きな竜巻でカンザスから家ごと吹き飛ばされてきたドロシーが、家に帰るための願い事を叶えてくれるオズの大魔法使いに会うため、道中で不思議な仲間と出会い、魔女に邪魔されながらも、みんなでエメラルドシティを目指すというストーリーです。
『ウィキッド』

1995年にグレゴリー・マグワイアが出版した作品で、正式なタイトルは「ウィキッド 誰も知らない、もう一つのオズの物語」(Wicked: The Life and Times of the Wicked Witch of the West)。
オズの魔法使いの原作と1939年公開の映画作品を基に、ドロシーがやってくるより前の歴史物語として、作中に登場する「良い魔女」と「悪い魔女」の視点で描かれた作品です。
では次のチャプターから、「ウィキッド」と原作のリンクを解説していきますが、興味を持った方が見直しやすいように、映画「オズの魔法使」(映画のタイトルは「魔法使」となっている)を中心に、原作本の内容も含めて紹介していきます。
なお以降は、次のように表記します。
- 原作:オズの魔法使い
- 映画:オズの魔法使
- ミュージカル:ウィキッド
- 映画:ウィキッド ふたりの魔女
映画「オズの魔法使」との共通点
1939年に公開された「オズの魔法使」と「ウィキッド」、「ウィキッド ふたりの魔女」との共通点は、全てがミュージカル作品ということです。
大スターを生む作品
映画でドロシー役を演じた、当時12歳の「ジュディ・ガーランド」は、出演をきっかけに人気を博し、ハリウッド黄金時代を代表する大スターになりました。
「ウィキッド」ブロードウェイ版でエルファバ役を演じた「イディナ・メンゼル」はディズニー映画「アナと雪の女王」のシリーズ作品で主役のエルサ役を務め、劇中歌「Let It Go」は世界中で大ヒットしました。
名曲を生む作品
映画でドロシーが歌唱する「虹の彼方に」(Over the Rainbow)は大ヒットしてアカデミー歌曲賞を受賞しました。ジュディ・ガーランドやこの映画にとってのトレードマークとなる楽曲となりました。
「ウィキッド」でも名曲「自由を求めて」(Defying Gravity)や「ポピュラー」(Popular)などが誕生し、カバー楽曲も登場しています。
原作とリンクする主人公たち
「ウィキッド」の中心的存在である2人の魔女以外にも、原作とリンクする登場人物が所々に登場するのも、この作品の魅力の一つです。
グリンダ
後に、「南の良い魔女」となるのがグリンダ。
「北の魔女では?」と思われる方も多いと思いますが、原作ではラストシーンに登場するのがグリンダ(南の魔女)で、ドロシー達に初めて出会った魔女(北の魔女)とは別人です。
映画では一人の魔女として描かれているため、そのイメージが一般的となり、「グリンダ=北の魔女」も定着したようです。
映画で着用されている衣装や杖のイメージは、「ウィキッド」のオープニングやエピローグで着用している服装にそっくりです。
シャボン玉も共通点
グリンダが登場する時に出ていた「シャボン玉」。映画ではグリンダが登場する際、大きなシャボン玉でやってきます。
エルファバ
後に、「西の悪い魔女」と呼ばれるようになるのがエルファバ。
原作では西の悪い魔女や邪悪な魔女と呼ばれるだけで、エルファバという名前は出てきません。映画において名前が出てくる魔女はグリンダだけ。「ウィキッド」の作品を作る上で、原作の作者名であるライマン・フランク・ボーム(Lyman Frank Baum)の頭文字を取って名付けられました。
名前はないものの、ミュージカルと同様に「ウィキッド」と呼ばれるシーンが存在しています。
「ウィキッド」後半の衣装は映画と同様に魔女らしい黒一色の衣装で、肌の色も緑色です。
ホウキで空を飛ぶ魔女
映画では当初、煙幕とともに登場していたのですが、ドロシーが魔女はホウキで空を飛ぶという話をしたことがきっかけで、そばにいた住民のホウキを取り上げ、それを使って空を飛ぶようになりました。
チステリー
「チステリー」は、エルファバがオズに命令され、本格的に初めて魔法を使ったことで羽が生え、空を飛べるようになった猿で、後にエルファバのパートナーとしてそばにつくようになります。
映画では手下という扱いでたくさんの猿たちが飛び立ち、悪行をする様子が描かれています。
オズの大魔法使い
言わずと知れたこの世界での一番の権力者であり大魔法使い。
実は普通の人間「オズ」
「ウィキッド」ではオズが普通の人間であることは詳細に語られていませんが、魔法書ではなくクスリを用いる点や、魔力を持っているエルファバをそばに置いておきたい事から、魔力のない普通の人間であることが推測できます。
原作では、オマハから来たペテン師で、腹話術も使えるサーカス団員の気球乗りという設定で、映画ではカンザスから来たサーカス団員という設定になっています。
ディズニー映画の「オズ 始まりの戦い」では、カンザスでサーカス団員を務めていたオスカーが気球で逃げ出し、竜巻に巻き込まれてオズの世界へ墜落し、魔法使いと勘違いされて嘘をつき通す物語が描かれており、設定に矛盾を生じる部分はあるものの、オズの成り立ちがわかりやすく表現されておりグリンダも登場します。
ウィキッドの前日譚としても楽しめるので、こちらも要チェックです。
ボック
エルファバの妹、「ネッサローズ」のそばにいるのが「ボック」。
身長が低いことをコンプレックスに思っており、グリンダからも「ビック」とからかわれています。ボックの身長が低いのは「マンチキン人」だからです。
ドロシーよりも小さなマンチキン人
「マンチキン」は「MAN」+「CHICKEN」ではなくて、「MUNCH」+「KIN」を足したオズの魔法使いの造語で、「むしゃむしゃ食べる子ども」というような意味があります。
原作でも、歳を食っているのにドロシーよりも小さい人たちとして登場しています。
映画では世界中から集まった小人症の人たちが演じており、今作のアイコン的存在になっています。
カカシ
フィエロは愛するエルファバのために反逆し、処刑される寸前のところをエルファバの魔法で助け、その代償としてカカシの姿となります。
カカシは脳みそが欲しい
原作でカカシが出てくることは有名ですよね。
毎日トウモロコシ畑で追い払うばかりで退屈していたカカシをドロシーが助けてあげることで仲良くなります。カカシは全身がワラでできており、脳みそも無いために、何も覚えられず馬鹿にされることをコンプレックスに思っていました。
オズの大魔法使いに会うことができたら、脳みそがもらえるかもしれない事を信じて、ドロシーと共に旅をしていくこととなります。
カカシになったフィエロがグニャグニ歩いていたのは、全身が藁の詰め物でできているためで、映画でのカカシの動きもそっくりです。
ブリキの木こり
ネッサローズから離れようとした「ボック」。それを食い止めようとエルファバの魔法の書を使いボックに魔法をかけるのですが案の定失敗。心臓が痛いと瀕死の状態になります。ボックを救うためエルファバは心臓が痛まないようにと魔法をかけるのですが、なんとボックは「ブリキ男」へと変わってしまいます。
ブリキの木こりは心臓が欲しい
原作では「ブリキ男」は「ブリキの木こり」として登場し、失ってしまった心臓をもらうため、ドロシーとともにオズの大魔法使いに会いに行きます。
ブリキの木こりも元は人間でした。マンチキンの娘と結婚の約束をしており、結婚資金を稼ぐために毎日せっせと木こりの仕事をしていました。娘は二人暮らしで老婆と暮らしており、料理や家事をする人がいなくなるため、娘が結婚して出て行くことに反対でした。
老婆は東の悪い魔女と契約し、魔女は木こりのオノに魔法をかけてしまったのです。魔法にかかった斧は次々に木こりの体を切り落とし、プリキ職人に頼んで体を作ってもらったのです。
全身がブリキになってしまった木こりは心臓(ハート)を失ってしまったので、娘に対する興味も愛情も失ってしまったのです。
原作では、「東の悪い魔女=西の悪い魔女」の妹とは記されておらず、映画では姉妹である事が西の悪い魔女(姉)によって語られます。
東の悪い魔女はマンチキン人たちを抑圧しており恨みを買っていました。「ウィキッド」ではマンチキン人であるボックを抑圧することで同じ状況を描いていると考え、「ネッサローザ=東の悪い魔女と」捉えることができます。
ボックと木こりのキッカケは異なっていますが、グリンダへ対する愛情が発端となり、ネッサローザ(東の悪い魔女)の魔法によって心臓を失うという動機は同じです。
また感情を失ってしまったため、優しかったボックが無感情にエルファバを責め立てているシーンも描かれていましたね。
臆病ライオン
シズ大学の講義で動物から言葉を奪うため「子どものライオン」をオリに閉じ込め、動物実験を行おうとしたところ、フィエロとエルファバが救いだしました。しかし実験の影響で臆病者となってしまい、その原因もエルファバだとされてしまいました。
臆病ライオンは勇気が欲しい
原作では、ドロシーたち一行が、道中でライオンに襲われてしまいます。連れていた愛犬のトトをライオンが噛みつこうとした瞬間、ドロシーがライオンの鼻を平手打ちしたことで、生まれつき臆病であることをドロシーたちに語り、勇気をもらうためオズのいるエメラルドシティへと一緒にお供することになります。
原作とリンクするアイテム
ウィキッドには登場人物以外にも、舞台装置やアイテムに原作とリンクするものが見られます。
オズの国の地図
開園前に舞台にかけられている緞帳には「オズの国の地図」が描かれていて、中央にはエメラルドシティが位置しています。
オズの魔法使いに熱心なファンも多いアメリカでは、「International Wizard of Oz Club」というファンクラブがあり、ここで発行されている季刊誌に掲載された地図が元になっています。
ポピーの花
エルファバとグリンダが列車に乗りエメラルドシティへと旅立つ直前に、フィエロが現れてエルファバに渡した赤い花束が「ポピー」です。途中で道の脇に登場する赤い花の群生もポピーかと思われます。
死を呼ぶお花畑
ポピーは日本語ではケシであり、それもあってか原作では「死を呼ぶお花畑」として表現されており、足を踏み入れてしまったドロシーは眠りについてしまいます。ここで眠りについてしまうと誰かに助け出してもらうため永遠に目を覚ますことはできません。最終的にはライオンに助けられドロシーは何とかポピーの花畑を抜け出すことができました。
映画では西の悪い魔女がポピーの花畑に魔法をかけ、ドロシーとライオンを眠らせてしまいます。ちなみにブリキの木こりとカカシは人間ではないので効き目はありません。困っている時、グリンダが魔法の力で雪を降らせ、そのおかげで目覚めることができました。
竜巻で回転する家
エルファバを捕らえたいマダム・モリブル。グリンダのつぶやきでネッサローズに危害を加えると戻って来る事を知り、魔法で天候を操り巨大な竜巻を発生させてしまいます。
その竜巻で家ごと飛ばされてきたのがドロシーで、落下した家の下敷きになりネッサローズは死んでしまいます。
背景に竜巻で回転する家が登場するのですが、映画で竜巻に飛ばされている家のシーンとそっくりです。
銀のクツ
生まれつき足が不自由なネッサローズ。エルファバがなんとかしようと銀のクツに魔法かけ歩けるようになります。しかし家に押しつぶされ死んでしまったネッサローズ。履いていた銀のクツはその時居合わせたドロシーが持っていってしまいます。
このシーン、なぜクツを持って行ったのかは詳しく語られないため、単にクツを盗まれたように思えてしまうかもしれませんが、そうではありません。
魔法の靴はドロシーが帰るための大切なアイテム
原作では、銀のクツは東の悪い魔女が自慢していたもので、なにか魔力がかかっていると信じられており、北の魔女がドロシーが履かなくてはいけないものとして手渡すのです。
ドロシーたちが旅を終えた時、南の良い魔女グリンダが現れ、銀のクツの秘密について教えてくれます。このクツには世界中へ三歩で行ける魔力があり、クツのかかとを3回鳴らすことでドロシーはカンザスへ帰ることができたのです。
映画では映像に映えるよう、銀ではなく赤色のルビーのクツとして登場しました。
余談ですが、このルビーのクツは世界に4足存在していると言われており、ジュディ・ガーランドが着用したものが2005年に盗まれるという事件が発生し、100万ドルの賞金がかけられたエピソードがあります。
13年後に無事発見され持ち主である博物館に返還されました。
この「ルビーのクツ」は推定4.5億円の価値があると言われています。
黄色レンガの道
グリンダとエルファバが杖を振り回して戦うシーンの右奥には「黄色いレンガの道」(イエロー・ブリック・ロード)が見えています。
オズの魔法使いといえば「黄色いレンガの道」で、マンチキンタウンからこの道をずっと辿っていけば、オズの大魔法使いがいるエメラルドシティへとたどり着くと教えてもらい旅に出るのです。
大きな顔の装置
エルファバたちがオズに初めて会うときに登場したのが、「大きな顔の装置」です。
オズは大魔法使いではなくペテン師の普通の人間です。しかし国中の人は器用に腹話術を使いこなすオズの事を偉大な大魔法使いだと信じています。そのため威厳を守るためにこのような大きな装置を作り、魔法のように見せかけ、衛兵にさえ本当の姿を見せていないのです。
見るたびに姿を変えるオズ
原作でも同様に姿を偽っているのですが、大きな首だったり、美しい女性だったり、世にも恐ろしい獣だったり、火の玉だったりと、それぞれが1人ずつ会いに行くたびに姿形を変えていました。トトがついたてを倒すことで隠れていたオズを発見し、糸で操作していたことを白状します。
映画ではトトがカーテンをめくると機械操作をしているオズが現れ、マイクを使って声を響かせており、ウィキッドで登場するの顔の裏側にある装置は、映画の装置を参考にしたようです。
気球
オズはグリンダによって気球に乗せられて追放されます。ウィキッドでオズがこの国にどうやって現れたのかは語られていませんが、エルファバたちがエメラルドシティに到着した際に「ウィゾマニア」という演目の中でも熱気球の事が触れられているので、気球に乗ってやってきたというのは周知の事実として伝わっているようです。
ドロシーを置き去りに気球で帰ってしまう
原作では、気球に乗ってやってきたことが語られており、最後もドロシーと共に地球に乗ってカンザスへと向かう予定でした。しかし、ドロシーが乗る直前に固定していたロープが切れてしまいオズは「ごきげんよう」という言葉を残し帰って行ったのです。
理由こそは違っていますが、両作品ともにオズは気球でやってきて、最後は気球で飛び立っていくこととなっています。
水で溶ける
エルファバが邪悪な魔女ウィキッドと呼ばれ、魔女狩りが始まると「水をかけると溶ける」というデマが流行します。追手に追われたエルファバは自ら水の入った桶を用意し、ドロシーに水をかけさせ溶けて死んでしまったように見せかけます。
水をかけると死んでしまう
原作では銀のクツを奪われたドロシーが意地悪な西の悪い魔女に立腹し、そばにあったバケツで頭から水をかけてしまいます、すると魔女はドロドロに溶け亡くなってしまうのです。
映画では魔女がカカシを燃やそうとホウキで火を付け、それを消そうとして桶の水をかけたところ、魔女にもかかってしまい縮むように溶けていきます。
ウィキッドでは影による演出でしたが、映画と溶け方が似ているので参考にしたと考えられます。
「オズの魔法使い」は大好きなお話で、グレゴリー・マグワイアも同様に作品をリスペクトし原作を書いただろうことはミュージカルを見ることで十分に察しがつきました。
前日譚として要素を詰め込む都合もあるので原作との矛盾はあるものの、オスの魔法使いのキャラクターを絡め、劇中でドロシーがやってくることで原作との繋がりを密接にし、見る方向を変えれば違った世界が見えるという、SNSが普及した現代社会へ再度訴えるようなメッセージは、当たり前のようで見過ごしてしまう気付きを与えてくれました。
言ってみれば二次創作ではあるものの、さらににオズの魔法使いの世界観を広げる作品として、これからも語り継がれていくことでしょう。